正直に書きます。
今やっている建設の仕事が、
明日いきなりダメになるわけではありません。
ただ、
この先も同じ形で続けられるかと聞かれると、
迷いがある。
人材は集まらない。
危険な作業はつきまとう。
資金繰りも、取引先との信頼関係も、常に気を張っている。
しばらくは大丈夫。
でも、資産と負債がマイナスになる前に手を打つ必要がある。
そんな現実を、
無視できなくなりました。
自分は、家業の建設業を後継予定です。
逃げたいわけじゃないし、
前職の公務員を辞めたことも、後悔していません。
むしろ、
・家族との時間が増えたこと
・転勤がなくなり、地に足をつけて働けたこと
・納得いくまで考え抜いた家づくりができたこと
ここまでは、間違いなく良い選択でした。
ただ、
「これからも建設業でやっていく自信があるか」
そう聞かれると、正直、胸を張れなくなってきた。
危険な現場に、
仲間を立たせ続ける未来を、
子どもにどう説明するか。
そこに、言葉が詰まる自分がいました。
少し前のことです。
車がはまって動けなくなったお年寄りを、
ジャッキを使って助けたことがありました。
特別なことをしたわけではありません。
ただ、たまたま道具と経験があっただけ。
それでも相手はとても感謝してくれて、
家族は「かっこいい」と言ってくれた。
そのとき、ふと思いました。
たぶん自分は、
ずっとこういうことをやりたかったんだ、と。
困っている人に、
持っている力を差し出せること。
それが建設の仕事であっても、
別の形の仕事であっても、
本質は変わらない。
あの感覚が、
ずっと心に残っています。
だからといって、
「よし、転職だ」と決めたわけではありません。
住宅ローンもある。
家族の生活もある。
大きく稼がなくていいけど、安定は必要。
今の自分がやっているのは、
転職ではなく、選択肢の整理です。
・今の事業を、守りで続ける道
・新しい事業を、小さく始める道
・安定を求め、再び雇われる側になる道
どれか一つに決めるのではなく、
組み合わせて生きていく方法を探しています。
整理していく中で、
一つだけ、はっきりしてきたことがあります。
それは、
「これならやってみたい」
「この形ならイメージが湧く」
そう言える選択肢が、
自分の中にちゃんと生まれてきた、ということ。
「イメージが湧く」というのは、
頭だけで考えている状態じゃありません。
もう心のどこかが、
少し納得し始めている。
これは、
逃げではなく、選び直している途中なんだと。
これを読んでくれている人の中にも、
「このままでいいのかな」と思いながら、
それでも毎日を回して、家族を守って、
小さな選択を積み重ねている人がいる気がしています。
仕事の形が変わっても、
人として大事にしたい部分まで
変える必要はない。
困っている人に、
持っている力を差し出せること。
その本質さえ失わなければ、
どんな形でも、胸を張って働ける。
今は、そう思っています。
答えは、まだ途中です。
でも、何も考えずに流されていた頃より、
確実に前には進んでいる。
このブログは、
「選び直している途中」の記録です。
次は、
じゃあ具体的に、どんな選択肢を考えているのか。
どんな小さな一歩なら踏み出せそうなのか。
そこを書いてみようと思います。
やはり今日も平均男、迷走しています。
Hey! keen!




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